http://www.english-resume.net/indiv/bldg_island.php
いろんな画像が楽しめるサイトです。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A8%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%AF%E7%A4%BE-500%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B9-%E6%96%B0%E5%AE%BF%E9%AB%98%E5%B1%A4%E3%83%93%E3%83%AB%E7%BE%A4-%E6%9D%B1%E4%BA%AC-05-077S/dp/B0009DVYG2
新宿高層ビルのジグゾーパズルなんてあるんだ・・
新宿西口に林立する超高層ビル群はまさに大都会・東京を感じさせられる最たる場所だ。
徒歩でもそれほど苦も無く周回できる範囲にいくつものビルが並んでいるため、歩きながら見る場所や角度によって変化する高層ビル群の風景を楽しむことができる。
ビルの足元を通る道路は井の形に立体交差になっていて、これが思わぬ展望所の役を果たしてくれる。都庁展望台を初めとしていくつかのビルには展望台があるが、そのどれもが無料で利用ができる。都庁ビルの背後にある新宿中央公園からは木々の緑の間から巨大な都庁ビルが見え、桜の時期には桜越しにみることができる。
一度は歩きながら見たい、東京の代表的な風景だろう。
http://tokyoite.biz/favorite/shinjyukukousoubiru/page01.shtml
考えてみれば東京観光のみやげ店にこの風景のハガキを見たことがある。まさか、ここからの景色だとは思わなかった。新宿高層ビル群の向こうに富士山が見えるのが文京区役所の展望台。ちょうど都庁ビルの横に富士山が見えるだなんて果たして意図して作られたのだろうか?このビルは。展望台は。それくらい、偶然にしてドンピシャリな東京ビューポイントである。
http://view-point.jp/tokyo/shinjyuku_fuji/page01.shtml
東京〜横浜の美しい風景が見れるサイトです。
画像がものすごくいい。
特にこの画像はグっときた。
http://view-point.jp/tokyo/kachidokibashi_yakei/page01.shtml
これも水面をうまく利用したセンスある一枚
http://view-point.jp/tokyo/tokyotower/page12.shtml
新宿の夜景は海がないから映えない。
うん、それは言えてる。湾岸マニアのオレもそう思う。
http://yanasegawa.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_b99c.html
このサイトで、海あり/なしの比較をどうぞ。
シンガポールの夜景、素晴らしい。
西新宿 ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%96%B0%E5%AE%BF
概要
その範囲は新宿駅の西口から渋谷区・中野区の区境付近。日本 でも屈指のターミナル駅である新宿駅の西側の繁華街のほか、新宿新都心と呼ばれる世界有数の超高層ビル街がこの地域の代表的な存在であり日本屈指のオフィス街を為しているが、他に古くからの住宅街もいまだ健在している。
[編集] 歴史
歌川広重の「名所江戸百景」の角筈熊野十二社。十二社池(現在の西新宿四丁目付近にあった池)が描かれている。西新宿の名の由来は、新宿地区の西に位置することからであるが、この名称になったのは1970年の住居表示が実施されてからで、それ以前この地の大半(西新宿一〜六丁目)は角筈(つのはず)と呼ばれていた。これはかつての角筈村の範囲、南豊島郡淀橋町発足後は大字角筈の範囲に基づく。また青梅街道の北側(西新宿七〜八丁目)は柏木(かしわぎ)一丁目と呼ばれていた。これらの地名は、新宿区特別出張所やバス停の名称などに未だに見られる。また、新町(しんまち)・成子(なるこ)町・十二社(じゅうにそう)・辻・幡谷前・豊水・添地町・五十人町といった字(あざな)も過去にみられ、いずれも史跡やバス停などの名称、現地の通称として残っているものもある。
内藤新宿の宿場からもやや離れた当地は、江戸時代は現在の西新宿四丁目に十二社池と熊野神社の滝それに伴う茶屋のほかに屋敷なども見られたが、農村が主体的であった。この地域に最初に変化をもたらしたのが1885年の新宿駅の開業である。1889年には、品川線(現:山手線)甲武鉄道(現:中央本線)のターミナル駅となり、街の発展の礎となった。この鉄路を生かして、1898年には長らくこの街のシンボルであった、淀橋浄水場が完成。これは東京の市中に送る水道水の施設であり、東京における近代水道発祥の地となった。
このころから地方から東京へ移住してきた人も近辺に住み始めるようになったがこれに拍車をかけたのが1923年の関東大震災であり、東京の市内で震災で住居を失った人たちが、広い山の手郊外に土地を求め、住宅が多く立ち並ぶようになり西新宿一帯は山の手の代表的な住宅地となった。しかしながら東口方面と異なり、西口には商業集積はなにもなく、東京地方専売局淀橋工場と浄水場が主な施設であり、これ以外には人家と学校があるに過ぎなかった。このため、今後の新宿の繁栄のために広大な面積を占める浄水場の移転が大正末期ごろから地元民によって要望され始めた。行政当局によって浄水場の移転を含む西口一帯の都市改造が具体的に検討、計画されたのは1932年(昭和7年)からであった。 1932年3月、東京市会に東京市第二水道拡張計画案が提出され、これにもとづき翌4月に策定された当局の財政計画は浄水場の機能を武蔵野市境に移転させ、浄水場の売却処分収入を市債の償還費にあてて都市計画東京地方委員会によって浄水場移転を前提とした街路計画を策定し、1932年9月に都市計画決定した。浄水場跡地中央の位置には当時円形の広場は予定されていて、青梅街道や甲州街道ほか街路網をバロック的な街路計画にまとめていた。これが今日新宿副都心での最初の法定計画となったが、浄水場の移転自体が戦後になったので、完成は戦後に持ち越された。
戦後まもなく、東京の街が西へと広がるのと戦後復興の一環として、交通の要所となっていた新宿の街の利便性が注目され、当地に商業施設を集中させる、新宿副都心計画が策定された。それは、駅の至近にあった淀橋浄水場を移転させ、空いた広大な敷地に高層ビル群などを建設し、一大商業エリアにするというものであった。日本が高度経済成長のさなか、まず1965年に東村山市に浄水場が移転され、1971年に京王プラザホテルが建設された。この京王を皮切りに200m超の高層ビルが建設され街のシンボルとなった。また1960年代を境に、新宿駅周辺の私鉄系のデパート(小田急百貨店・京王百貨店)の建設、都電(都電杉並線)の廃止、新宿駅西口地下広場の建設など駅周辺の再開発もこの街の歴史に触れる際に重要である。(新宿駅西口地下広場については新宿駅西口地下広場を参照)。
1991年に東京都庁舎が新宿高層ビル群の一角に移転開庁し、ほぼ現在見られる街の姿となった。
一方で、駅から離れた地域では、依然として昔からの住居が多く、昭和時代の東京の住宅街の面影を残しているが、ビルの建設や、自治体の再開発計画なども多く、年々これらの面影も薄れてきており、商業地域としての西新宿が年を追うごとに顕在化している。
[編集] 現代の西新宿丁目毎の地域状況
丁目 地域性
西新宿一丁目 新宿駅周辺・デパート・飲食・電化製品などの商業
西新宿二丁目 超高層ビル郡・都庁・高級ホテル・公園
西新宿三丁目 高級ホテル・旧マンション・SOHO
西新宿四丁目 住宅地
西新宿五丁目 住宅地・商店街、新興マンション
西新宿六丁目 超高層ビル・高級ホテル・新興マンション・病院
西新宿七丁目 パブ・スナック・ファーストフード等の商業・旧マンション
西新宿八丁目 住宅地・新興マンション・再開発地域
[編集] 年表
1885年:新宿駅開業。
1898年:淀橋浄水場開業。
1914年:京王電気軌道(現:京王線)開通。
1927年:小田急線開通。
1965年:淀橋浄水場が東村山へ移転。
1966年:新宿駅西口地下広場竣工。
1970年:住居表示実施により西新宿一〜六丁目が誕生。
1971年:住居表示実施により西新宿七〜八丁目が誕生。
1971年:浄水場跡の一角に、第一号である京王プラザホテルが開業。これを機に1970年代〜1980年代にかけて相次いで高層ビルが建つ。
1991年:東京都庁舎が千代田区丸の内三丁目より、西新宿二丁目のビル群へ移転開庁。
1996年:丸ノ内線西新宿駅開業。
1997年:都営12号線(現:大江戸線)光が丘〜新宿間開業。西新宿五丁目駅と都庁前駅が開業。
2000年:都営大江戸線全線開業。新宿西口駅開業。
[編集] 住居表示実施前後の町名の変遷
実施後 実施年月日 実施前(各地名ともその一部)
西新宿一丁目 1970年4月1日 角筈一丁目、角筈二丁目、角筈三丁目
西新宿二丁目 角筈三丁目、十二社、淀橋
西新宿三丁目 角筈三丁目
西新宿四丁目 角筈三丁目、十二社、淀橋
西新宿五丁目 淀橋
西新宿六丁目 角筈三丁目、柏木一丁目、淀橋
西新宿七丁目 1971年1月1日 柏木一丁目、百人町一丁目、角筈一丁目、角筈二丁目、角筈三丁目
西新宿八丁目 柏木一丁目
[編集] 主要施設
新宿西口循環(京王バス東)
[編集] デパート・商店
小田急百貨店
京王百貨店
ヨドバシカメラ
さくらや
ビックカメラ
[編集] その他
新宿高速バスターミナル
ブートレグ取扱店街
新宿中央公園
東京医大病院
工学院大学
思い出横丁
東京モード学園
十二社天然温泉
都営バス新宿分駐所
東京オペラシティ
NTT東日本本社
熊野神社…十二社熊野神社。
常圓寺
成子天神社
新宿新都心の超高層ビル群(一覧は下記参照)
[編集] 地域内の町名一覧
西新宿一丁目
新宿駅西口付近一帯が西新宿一丁目になる。新宿の繁華街の一角を担う場所で、この界隈は、昼夜問わず、人波が絶えない。新宿駅の西口の出口のほか、私鉄系のデパートである小田急百貨店、京王百貨店の各本店、地名が由来になっているヨドバシカメラ本店や他に、さくらや、ビックカメラ、ソフマップなど大型家電販売店がある。これら販売店の規模は、都内でも秋葉原に次ぐほどの大きさである。他にも、各企業の本社ビルなどがあり、国内でも有数の商業機能集積地となっている。現在一丁目の朝日生命本社跡に東京モード学園により新しいビルが建設中であり(モード学園コクーンタワー)、複数の系列の専門学校や大手書店などが入る予定。竣工は、2008年を予定している、高さは203mになる予定。
西新宿二丁目
新宿新都心の高層ビルの一群があるところが、西新宿二丁目。元淀橋浄水場のあったところ。都庁はじめ、超高層ビルや新宿中央公園がある。
西新宿三丁目
高層ビル群の南側と甲州街道の間に挟まれた区域が西新宿三丁目。オフィスビルが主体であるが、マンションなどもごく少数点在する。渋谷区との境目付近に東京オペラシティがある。渋谷区に所属するが、当ビルは京王新線の初台駅とも繋がっている。再開発の計画がある。詳細は西新宿三丁目西地区再開発を参照。
西新宿四丁目
十二社通りより西側で、中野区と渋谷区の境までの区域。方南通りを境に南側は西新宿四丁目になり、西新宿五丁目は北側の地域。高層ビル群の西側にあたる。高層ビルはなく、昔から住宅、アパートが多くなる。かつて、ここの地には、十二社池という滝も伴った大きな池があり、江戸時代には観光名所となっていた。新宿の高層ビル建設と共に消滅し、現在はその名残の急な坂道とバス停のみに名を残し、当地に池があることを想像することすら難しくなっている。
西新宿五丁目
十二社通りより西側で、中野区と渋谷区の境までの区域。方南通りを境に北側は西新宿五丁目になり、西新宿四丁目は南側の地域。西新宿四丁目同様、昔からの住宅が多い。西新宿五丁目駅もある。神田川が地域東端を流れており、中野区と当地域の境となっている。
西新宿六丁目
高層ビル群の北側、高層ビル群と青梅街道の間の区域。東京医大病院や西新宿駅がある。他近年までは付近に住宅も見られたが、再開発で西新宿二丁目の浄水場跡エリアに準じるほどの超高層ビルが立ち並ぶエリアと変わった。
CX系ドラマ電車男で伊東美咲と伊藤淳史が待ち合わせをしたロバート・インディアナ作LOVEのモニュメントがある新宿アイランドが有名な待ち合わせスポットである。
西新宿七丁目
新宿駅西口から北側に伸びる小滝橋通り沿いの区域。新宿西口駅の出口がある。マンションやホテル・オフィスなどが混在。中古レコード店やライブハウスなどもあることでも有名。近年は、大手予備校もこの付近に多く見られるようになった。また小滝橋通り沿いは、新宿屈指のラーメン激戦区でもある。
西新宿八丁目
青梅街道より北側の地域。北新宿と接している区域。昔からの住宅街であったが、目下再開発が進行中である。
[編集] 西新宿にある高層ビルの一覧
ビルの様子は、下のギャラリーを参照。
京王プラザホテル 本館47階178m、南館35階138.65m
KDDIビル(旧名 KDD本社ビル) 32階164.4m
新宿住友ビル(通称:住友三角ビル) 52階210.3m
新宿三井ビル 55階225m
新宿センタービル 54階223m
新宿アイランドタワー 44階189.42m
新宿野村ビル 50階209.9m
ヒルトン東京(新宿国際ビルディング) 38階130.2m
損保ジャパンビル(旧名 安田火災海上ビル) 40階200m
新宿NSビル 30階133.65m
東京都庁舎 第一本庁舎48階243.4m、第二庁舎34階163.3m
新宿第一生命ビル 26階117.1m
ハイアットリージェンシー東京(旧名 ホテルセンチュリーハイアット) 28階117.1m
新宿第一生命ビルとハイアットリージェンシー東京はツインビルで、地下および地上2階までの構造を共有している。
新宿モノリスビル 30階123.35m
新宿ワシントンホテル 25階85m
新宿エルタワー 31階124m
新宿グリーンタワー 28階110m
新宿スクエアタワー 31階123.4m
工学院大学 29階143m
エステック情報ビル 28階130m
新宿オークシティ 38階183.84m
住友不動産新宿オークタワーと、日土地西新宿ビルを合わせた名称。データはオークタワーのもの。
新宿パークタワー 52階235m
新宿ファーストウエスト 18階90.85m
新宿アイタウン 31階123m
東京オペラシティ 54階234.37m
西新宿三井ビルディング 27階 112m
新宿文化クイントビル 23階 111.6m
東京医科大学病院 19階 79.3m
アトラスタワー西新宿 28階 105m
セントラルレジデンス新宿シティタワー 31階 104.5m
プロスペクト・アクス・ザ・タワー新宿 32階 104.4m
※階数や高さについては、基準の違いにより他の情報と差が出る場合があることに注意。
現在、モード学園が西新宿一丁目に、高層ビルのモード学園コクーンタワーを建設している。完成すれば高さ204mとなり、日本の学校法人で最高層の校舎となる。 西新宿三丁目では、高さ338mの超高層オフィス1棟と245mの超高層マンション2棟、190mの高層ビル1棟が計画されている。 ※詳細は西新宿三丁目西地区再開発を参照。
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1970年代に建設された建物がいい。
京王プラザホテル(1971年)
新宿住友ビルディング(1974年)
新宿三井ビルディング(1974年)
KDDIビル(1974年)
損保ジャパン本社ビル(1976年)
新宿野村ビル(1978年)
新宿センタービル(1979年)
都庁とコクーンタワーは周囲との調和を乱しているだけで好みでない。
http://azukiinu.com/celluloid-garden/archives/2007/08/post_104.html
ハングマン あ・れ・か・ら
http://www.elliott-jp.net/blog002/aoki.php?ID=159
人気の無い、新宿高層ビル街。
ここは東京でもかなりお気に入りな場所。
まさに「サイバー・シティー」。
この場所を歩くたびに頭の中を流れる曲。
「ヒロスケの『あれから』」
(昔、放送していたドラマ「ザ・ハングマン」のテーマ曲)
http://bbs51.meiwasuisan.com/bbs/bin/read/nostalgy/1218395171/l50
この『ハングマン』はエンディンクの『あ・れ・か・ら』がいいんだよな〜
当時、まだ少なかった新宿の高層ビルをバックにした背景もいい。
『ハングマン2』のエンディングも好きだった。
パート1の前期の主人公でリーダーのブラックがバイクと共にあっけなく爆死&犬死したのには
驚いたよ。レギュラー(正義側)でも油断してたら死ぬこともあるってとこが妙に大人の世界(ドラマ)
を感じたな。子供番組では絶対正義は負けないからね。
http://209.85.175.104/search?q=cache:gUTL65wHRUsJ:bubble6.2ch.net/test/read.cgi/natsudora/1167398478/130-230+%E6%96%B0%E5%AE%BF%E9%AB%98%E5%B1%A4%E3%83%93%E3%83%AB%E3%80%80%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%B3&hl=ja&ct=clnk&cd=7&gl=jp




